行政書士がサポートする終活
ファイル№14 閑話「終の棲家」
「終の棲家」という言葉があります。自分が死ぬまで精神的安定と充足を持ちながら暮らせる住居という意味を持ちます。
賃貸であれ持家であれ、終の棲家になりえますが、高齢者になると賃貸住宅を賃貸できにくくなります。高齢者は収入・責任能力・保証人・健康状態や介護状態に問題を含みやすく、貸主に対する信用度が低くなるからです。
持家の方であっても、高齢になるにつれ生活能力が低下し、地域の社会ルールに沿って生活しづらくなることや、持家に付随する管理・修理に対応しづらくなるなどの問題が生じます。
そして、賃貸でも持家でもなく、施設入所という選択もあります。「終の棲家」を得るためには、自身が不足する身体能力・責任と信用を誰にどのように補ってもらいながら、高齢者として自立した生活をするかという問題にいたります。
日本社会には高齢者も社会の一員として共に生活するための福祉行政もあれば、医療保険制度、介護保険制度があります。これらのどれかの制度に高齢者の生活が紐づいていれば、行政の高齢者支援制度に繋がっていきます。
互いが高齢者となりながらも配偶者が、遠方で暮らしていても子供が、他人であっても親身なケアマネジャーや介護職員の方たちが協力しあって高齢者と共にある社会生活を支えています。
「終の棲家」の安心感は、このような支え合う人間関係の先にこそあるものでしょう。終活を考える時、自分がどのような人間関係の中にいるのか。自分が想定している「終の棲家」はどのようなものかと心の整理をすることは重要なスタート地点となると思います。
知人からの又聞きですが、某不動産業者の方は高齢者の一人住まいの方に物件を賃貸する場合は、新聞か乳飲料を契約していただくようにお勧めをするのだそうです。新聞か乳飲料の契約をすると、その配達員さんが毎日来てくれるので、安否確認ができやすいということです。
この話は不動産業者にとっては、居住者の孤独死を回避する安否確認の手段かもしれませんが、根底には新聞配達・飲料配達員の方たち、地域の人達の、高齢者に対する見守りの目線があると思います。
「終の棲家」も「終活」も個人的なもののようですが、社会の中でこそ得られるものだと思います。高齢者と社会の「共生」を目指して、「行政書士がサポートする終活」を今年も引き続き進めていきたいと思っております。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。